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大谷翔平選手も訪れた【月形樺戸博物館】とは?

「北海道の監獄」といったら「網走」。これはいわば日本国民としての共通認識、マジカルバナナだったら「網走」以外は不正解になるくらい世の中に浸透していることですが、実は北海道初の監獄は網走ではなく月形にあったといったら驚く人も多いのではないでしょうか。そんな北海道初の監獄「樺戸集治監(しゅうちかん)」の歴史を知れるのがここ!月形樺戸博物館です!!

じつはこの博物館、月形町の2017年市町村応援大使を勤めていただいた北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手にも11月22日に見学いただきました。そんな月形樺戸博物館、いったいどういうところなのでしょうか。
 

明治14年に建てられた本庁舎が現存

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ここが月形樺戸博物館です。樺戸集治監の本庁舎だった建物で、前述のとおり北海道初の監獄として明治14年に建てられましたが、一度火事で焼失し、明治19年に再度建て替えられ、それからずっとここに存在し続けている歴史ある建造物です。監獄としては大正8年にその使命を終えていますが、その後昭和47年まで役場庁舎として使用され、昭和48年から北海道行刑資料館として活用され、今に至ります。
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玄関の石段です。ひどくすり減っています。囚人が鉄丸や鎖をつけて出入りしているうちにすり減った・・・というのはあくまでも伝説で、本当は役場庁舎時代の人の出入りで凹んだそうです。
 

「樺戸集治監の歴史」は「月形町の歴史」

ここで簡単に樺戸集治監の歴史について説明します。そもそも「集治監」とは、明治新政府が設置した国立の監獄のこと。樺戸集治監が建てられた目的は、明治維新後、西南戦争などの内乱で逮捕された人たちを収監するためでした。実は月形町はこの集治監の開庁にあわせて開村した街です。しかも町名の由来は、初代典獄(所長のこと)の月形潔の姓なのです。町の歴史は集治監なしでは語れません。
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もっというと、月形町の歴史だけではなく、この集治監の存在は北海道開拓の礎といっても過言ではありません。彼らが汗や血を流し、文字通り命をかけて道路を作ったからこそ、北海道へ開拓者がやってくることができたのです。この博物館ではその歴史と、囚人たちがここでどういう生活を送ったかを十分に知ることができます。
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▲館内のジオラマ。囚人による本館峰延道路開削の様子。
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▲丸太まくらで寝て、その端を叩かれて起こされる囚人の気持ちを味わってみよう。そのほかにも、
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▲囚人服や、
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▲集治監のジオラマなど、
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▲とにかく、充実した展示!
 

11月末をもって冬季閉館します!

そんな充実した展示を誇る月形樺戸博物館へ是非足を運んでいただきたいですが、12月から冬季休業に入ってしまいます・・・。

もしこれを11月中に読んでいるのであれば、あと数日のチャンスですので訪れてはいかがでしょうか!! 12月に読んでいる方は・・・4月までお待ちくださいっ!!
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