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美術館・博物館から見る“空知” ~第6回 かぜのび(北海道・新十津川町吉野)~

まずは、この建物をご覧ください。
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見覚えがある、という方も多いのではないでしょうか。
そう、JR札幌駅の南口です。ファザードを飾るのは世界最大サイズの「星の大時計」。
直径約7.2メートルの大きな時計は、札幌駅の「顔」として今日も時を刻み続けています。

この時計をデザインしたのは、空知地域の滝川市がご出身の五十嵐威暢さん。世界的に有名な彫刻家・デザイナーです。

実は、この五十嵐威暢さんのアトリエ兼ギャラリー「かぜのび」が、滝川市のお隣・新十津川町吉野地区にあるのです。
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空知地域のあゆみや文化・芸術を、美術館や博物館、アートギャラリーを通じてご紹介するシリーズ「インタビュー 美術館・博物館から見る“空知”」。
今回は、「アートの森彫刻体験交流促進施設」(愛称:かぜのび)を訪問し、この施設を運営する「一般社団法人風の美術館」理事長の藤島保志さん、理事の鈴木千章さんにお話を伺いました。

「かぜのび」とは

―ここに「かぜのび」ができたきっかけは。

藤島さん 滝川市生まれの五十嵐先生は、長らく日本やアメリカで、デザイナーとして活動していました。その後、彫刻家に転身して、2004年(平成16年)に帰国されました。ちょうどその頃、新十津川町の吉野小学校が閉校することになり、校舎の再利用について役場から相談があったのです。
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藤島さん 最初は収蔵庫として活用しませんか、ということだったのですが、作品の保管場所というだけでは…といったお話になりまして。そこで、校舎を改修して、アトリエとしての機能をメインに展示スペースを整備し、2011年(平成23年)に「かぜのび」としてオープンしたのです。

―もとの小学校を活用しているのですね。

鈴木さん はい。入り口の正面に、閉校記念碑がありますでしょう。あれも、五十嵐先生の作品です。103年という吉野小学校の歴史を、徳富ダムの工事現場から出てきた103個の石と鉄製のフレームで表現しています。
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〔閉校記念碑〕幅5m×高さ2,5m×奥行50m
―周辺の山野も作品に取り込まれているかのようですね。ここには、やはり札幌あたりから訪れる方が多いのでしょうか。

藤島さん そうですね。9割方は札幌で、本州からも来られています。以前から五十嵐先生を 知っている方々だと「グラフィック作品も見たい」と訪れる方が多くいらっしゃいますね。

―五十嵐先生の図録を改めて拝見すると、サントリー「響」にサミット(首都圏の1都3県で展開するスーパーマーケット)、パルコPART3、明治乳業にカルピス…。企業やお店、商品のロゴなど、五十嵐先生のグラフィック作品やプロダクト作品が私たちの身の回りに数多く存在していることに驚かされます。「星の大時計」も、札幌駅の顔として親しまれていますね。

藤島さん それだけ、五十嵐先生の作品は、多くの方の日常に浸透しているということでしょうね。ただ、ここ「かぜのび」では「彫刻体験交流促進施設」の名前のとおり、彫刻作品を主に展示しています。
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〔日産インフィニティ〕
サイズW35×58,5×14,5cm

鈴木さん 「かぜのび」は、アトリエ兼彫刻作品のギャラリーですから、以前は制作の様子を間近でご覧いただくこともできました。五十嵐先生が来訪された方に「ここ、バリ取りしてみない?」なんて気さくに声をかけて、一緒に作業をされたこともありましたよ。

―わ、それはうらやましい。そんな素敵な体験ができたのですね。

水平な気分(Horizontal Feeling)

鈴木さん これは一昨年、かぜのび10周年を記念して、五十嵐先生が新十津川町に寄贈した作品「Shintotsukawa Melody」(シントツカワ メロディ)です。
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〔Shintotsukawa Melody(シントツカワ メロディ)〕
サイズW2,3×H1,8m

―素材は、木ですか。

鈴木さん はい。細長く削った木材を252本、平行に並べています。

―横から見ると、ひとつひとつの材質、幅、形、それに色も微妙に異なるのがよくわかりますね。そして、それぞれの凹凸が影を生み出して、見る角度によって様々な表情を見せてくれます。
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鈴木さん 色味や肌目などの異なる木材を5種類、使用して、それを巧みに彫り、彩色して組み合わせています。五十嵐先生は、このような作品を「Horizontal Feeling」(ホリゾンタル・フィーリング)、つまり「水平な気分」と名付けて、数多く制作されています。収蔵庫に保管している作品もお見せしましょうか。
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Horizontal Feelingシリーズ(ロサンゼルスのアトリエで制作)

―また雰囲気が違いますね。北海道の自然の風景に近い色遣いというか。伝統工芸の「優佳良(ユーカラ)織」を思わせる、柔らかい色合いです。それに、水平って、何だか穏やかなイメージがありますね。

鈴木さん そうですね。五十嵐先生の作品は、優しい色彩のものが多いかもしれません。一方で、白一色、あるいは黒一色で、絶妙な濃淡や光と陰の投影に目を見張る作品もあるんですよ。

―こちらもまさに、そうですね。
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〔思い出せない白の伝説〕
サイズ W21×H3m

鈴木さん はい。これは木材ではなく、テラコッタ(素焼きの焼き物)を組み合わせて配置しています。高さが約3メートル、幅は約21メートルあります。

―ひとくちに「焼き物」と言っても、粘土を削ったり、折り重ねたり。それが荒々しく見えたり、やわらかな雰囲気を醸し出していたり…同じ白、そして同じ粘土とは思えないくらい、いろいろな造形がとても新鮮です。
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―あ、ここのくり抜き。下段のテラコッタに影が映って、子どもの手のひらみたい。かわいらしいですね。
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鈴木さん 五十嵐先生が子どもの頃に出会った故郷の冬の風景が、作品に投影されているのかもしれません。雪は、風の影響、光の加減ひとつで、本当に様々な表情を私たちに見せてくれますからね。

ゆ・ふ・る・じ

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〔ゆ・ふ・る・じ〕
サイズ 9×12×4,6m 3×2,3mの合板26枚

―ここは体育館ですね。わ、大きい。市内の「ホテル三浦華園」で、これによく似た作品に出会ったことがあります。

鈴木さん これは「ゆ・ふ・る・じ」という作品です。この作品のために特注した大きな合板26枚を様々な形でくりぬいています。ちなみに、五十嵐先生は、その時の気持ちや発想で形を決めて制作されます。下書きなどはしていません。カットを他人に頼んだことはありません。すべて五十嵐先生が作業しています
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〔この形は、ヒトデかな、紅葉かな。〕
 
鈴木さん ここ「かぜのび」では、町内の小学4年生向けにアートワークを開催しているのですが、その中で、児童のみなさんに、「この中から自分の好きな形を選んでみて!」「その形、何に見えるかな?」なんて考えてもらったりしたこともあります。

―わ、楽しそう。それに不思議と、体育館に差し込む日の光と調和して、時間がとてもやさしく流れているような…。ずっとここに座って、眺めていたくなります。

鈴木さん 日の光が低い角度から体育館に差し込む冬になると、影が壁や作品に映って、とても綺麗なんですよ。冬場は閉館しているため、皆さんになかなかご覧いただけないのが残念です。
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鈴木さん 例年夏には、この作品の中がコンサートの会場になります。コロナ禍で2年ほど中断しましたが、昨年は7月末に、弦楽四重奏のコンサートを開催して、まちのみなさんに楽しんでいただきました。コンサートは今年からまた、復活させます。

―様々な形の中を、音符が出入りしているのが見えるような気がします。ちょっぴり懐かしい校舎の中で、アートと音楽の共演。素敵ですね。

※ホテル三浦華園の作品について気になった方は、過去記事もご覧ください。
今日、「そらち」でお仕事しない?~北海道・空知流テレワークのススメ(滝川市・ホテル三浦華園)~

繋いでいく、ということ。

―そういえば、前庭に「太郎吉蔵」と刻まれた石が置いてありました。太郎吉蔵って、確か、滝川市の中心街にあるイベント施設でしたよね。
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藤島さん もともと太郎吉蔵は、五十嵐先生の祖父にあたる太郎吉さんが、酒造店の貯蔵庫として昭和初期に建てた蔵だったと聞いています。

―「太郎吉蔵デザイン会議」も、そこで開催されていましたね。2019年(令和元年)の夏は、開催場所をニセコ町に移していましたが、当時たまたま向こうにいて、受け入れのお手伝いをさせていただきました。アーティストだけではなく、様々な分野の方が日本各地から集まって議論する、とても面白い会議でした。

藤島さん そうですね。アート、デザインというものは、決して敷居の高いものではありません。しかし、都市部に偏在していたり、どうも遠い存在になってしまっている。そうした反省も含めてスタートしたようです。滝川市では、五十嵐先生の発案で、「たきかわ紙袋ランターンフェスティバル」も開催されています。アートで人々の交流をうながし、町を元気にしていこうと様々な挑戦をされていたのでしょうね。

―その「太郎吉蔵」を運営していたNPO法人は、コロナの影響を受けるなどして、残念ながら昨年、解散してしまったと聞いています。アートに限った話ではありませんが、地域づくり、まちづくりの取組を“続けていく”。その難しさを感じることもあります。
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藤島さん 今、五十嵐先生も齢80をむかえ、ここで制作する回数が減ってくると思います。とはいえ、この「かぜのび」は、五十嵐先生が実際に制作を行い、そして制作を通じて様々な方と交流してきた、魂のこもった場所だと思っています。ですから、ただ「ハコ」を作って、維持して満足するのではなく、もっと作品に、そしてアートというものに触れていただいて地域が元気になるような、そんな仕掛けを展開していきたいと考えています。
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〔館内を案内してくださった鈴木さん〕

―これからどんなことに挑戦していきたいとお考えでしょうか。

藤島さん ようやくコロナ禍も落ち着いてきましたので、毎月、ワークショップを開催したいと企画を練っています。今年は8月スタートで、9月、10月に各1回の開催になるでしょうか。札幌などからアーティストを招いて、親子で参加できるものとか、お年寄りに楽しんでいただけるような内容とか、町民の方にアートに触れていただく機会になれば。こうした取組を、企画する私たちも楽しみながら続けていけたら…と思っています。

かぜのび公式ホームページ
https://takenobuigarashi.jp/kazenobi-jp/

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